
中医学で診察している我々医師にとって、非常に大きなポイントとなるのが、質の良い中医薬局と、うでのいい薬剤師の存在です。うちの中医クリニックでも、もちろんエキス剤を出すことはできますが、でもエキス剤だけでは中医学の力をすべて発揮することは難しいと私は考えています。幸い、うちの院長も台湾の実家が伝統的な中医薬局を持っており、そうしてノウハウはこの上海でも実現できる条件にありました。そうしたバックグランドは、我々医師にとっても、さらに患者さんにとっても非常に大きなメリットだと思います。
いくら立派な腕を持っていても、生薬が出せなければ、力を発揮しようがないのです。

先日、浙江省杭州にある胡慶余堂に行ってきました。
おそらく、中国国内では最も完全に保存された、そして今でも使われている最大規模の中医薬局だと思います。こうした薬局が、中国各地にあったからこそ、中医学が現在まで残ることができました。古い薬局といえば、北京同仁堂なども有名ですが、建物自体はもう取り壊されて残っていません。そういった意味でも、1874年に建設されたこの胡慶余堂は貴重なのです。

建物をみると、中国の古民家に興味のある方なら、安徽省の徽式の商家の作りと気がつくことでしょう。ものすごく背の高い土塀にぐるりと囲まれていて、正門から中にはいると、吹き抜けがある構造など、特徴的です。その造作は非常に細かく、彫刻などが美しい。中医学が、中国の文化の一部であることがよく分かります。

中医薬局のもう一つの大きな役割は、様々な処方を代々伝承していくという点です。我々が毎年冬に処方している膏方や、また患者さんの症状にあわして製作する丸薬や散剤など、これらは中医学を専門とする薬剤師さんたちが継承してきたものなのです。そうした技術は、中医薬局があるからこそいままで受け継がれていて、我々もいまこの場所で使っています。工業化されたエキス剤では、実現できない中医学の魅力でもあります。

胡慶余堂では、宋代の薬典『太平恵民和済薬局方』をベースにした処方を収集して製剤してきたと言われています。この本は、中医学史ではじめて国が定めた薬剤の書物で、中には297種類もの処方が掲載されています。今でも私も非常によく使う四君子湯や二陳湯、活絡丹や藿香正気散や失笑散などもこの本の出典です。
そんなことを色々思いながら、あらためてこの薬局の展示物をみると、なかなか興味深いです。薬局の2階には博物館もあるので、この胡慶余堂の歴史なども知ることができます。

21世紀になって、世の中は変化してきていますが、私も師匠から継承された中医学の知識をしっかりと育み、その足跡をまた次の代に残していけるよう、日々の臨床をがんばりたいと改めて思ったのでした。
杭州にいかれたら、ぜひ寄ってみてください。
【データ】胡慶余堂
住所:杭州市大井巷95号(呉山広場近く)
電話:0571-87027507