2015年10月06日

中国の屠呦呦先生がノーベル生理医学賞受賞をもたらした発見〜マラリアとの格闘〜

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 昨夜は、マラリア治療で使われるアーテミシニンの研究で、屠呦呦先生が中国人ではじめてノーベル生理医学賞を受賞したニュースで中国は持ちきりでした。この日、上海のホテルで泳いでいたのですが、スマホにおくられてきた速報を、Apple Watchがとらえ、私にブルブルしてきたものですから、本当にびっくりしました!

 一方で、中国の医学会では屠呦呦先生の受賞でちょっとした波紋が出ています。そもそも欧米での留学経験がなく、中国では科学者の名誉である院士に選ばれているわけでもなく、ましてや英語流暢でもなく、国際的に権威と言われる雑誌に論文を発表したわけでもなく、しかも女性であり、中医学(中国伝統医学)を研究した背景をもつという点で、一般中国人でとくに医学の分野で想像すされるノーベル賞受賞者とは大きくかけ離れていたからかもしれません。

 中医学の関係者なら生薬青蒿から抽出されるアーテミシニンの存在は結構知られていました。屠呦呦先生もその業績から、2011年にアルバート・ラスカー医学研究賞を受賞されていて、中国でも大きなニュースになっていました。屠呦呦先生は1930年生まれ、1951年〜55年に北京医学院(現在の北京大学医学部)の薬学部生薬学専攻され、卒業後は中医研究院に配属、そして1969年に国の523プロジェクトに参加します。文化大革命で、特に中国のなかでも非常に特殊な時代背景の中、多くの研究者が研究を続けることができなくなります。しかし、マラリア問題に関しては、ベトナム戦争などの背景から国が集中的に人や資金を投入していたため、ある意味ラッキーだったのかも知れません。

 マラリアに対する薬の研究は、1940年代にまで遡ります。当時は生薬山常(Dichroa Febrifuga)に注目が集まっていて、成分の解析が行われていましたが、臨床では嘔吐の副作用が強すぎるため、広く一般的に普及しませんでした。ただ、ここでの研究経験は青蒿のアーテミシニン発見に大きく活用されることになります。1950年代にはすでに中国の民間でマラリアの治療で青蒿が使われているという報告が出始めていて、これらは古典文献に基づく発想があったと言えます。

 文革、そしてベトナム戦争に突入します。この戦争と関係のあった中国は、マラリア問題に直面することになります。折しもアメリカでも同様にマラリアの研究が行われていて、化合物の選定が行われていました。とくに、当時主流だったクロロキンにたいしてマラリア原虫が耐薬性を持ち始めており、新しい薬の開発が急がれていたのでした。

 そこで、523プロジェクトグループでは、中医学の古典文献の整理を行い2000種あまりの処方箋を絞り出します。屠呦呦先生等のグループもマラリアに効果があるだろうとされる薬草808種類まで絞り込みました。この中には、烏頭や青蒿、烏梅、硫黄、黄花、馬鞭草なども含まれています。青蒿も効果があるのですが、なかなか安定した成果を得ることができませんでした。その背景には、様々な古典文献で、青蒿の使い方が違うことにも関係があったと言われています。さらに『肘後備急方』に記載された新鮮な青蒿の絞り汁での応用がヒントとなり、アーテミシニンの抽出に必要な条件などの研究も行われ、ついに1971年にエチルエーテルでの抽出に成功しました。

 その結果、屠呦呦先生らのグループは青蒿の研究に集中することに決めました。雲南省、山東省、北京市、広東省、上海市など各地の中医薬大学などの共同研究をへて、1972年、1973年に海南島で臨床試験が行われ実用化されています。新しいマラリアの薬が誕生したことはもちろんすごかったですが、この研究過程も非常に大きく評価されています。

 さらに、1973年にアーテミシニンの研究中に、ジヒドロアルテミシニンを初めて発見します。これは各種アーテミシニン誘導体のなかでも非常に画期的なことで、アーテミシニンよりも効能や安全性が高まり、服用も便利という利点がありました。その結果、国際的にも広く認められ、マラリア治療で広く活用されることになります。

 そのほか、屠呦呦先生等の研究チームでは子供でも使いやすいようにジヒドロアルテミシニンの栓剤(直腸から使う)の開発、価格の安い内服薬の開発、さらに免疫疾患の分野ではジヒドロアルテミシニンをエリテマトーデス(LE)や光過敏性疾患などでも応用する研究も行いました。また、青蒿の品種の整理も行い、青蒿に含まれる17種類の化合物(このうち5種類は新発見)の鑑定も行いました。

 こうした一連の研究成果を経て、今回のノーベル生理医学賞の受賞に繋がったわけですが、中国にはまだまだ地道に研究を続けている研究者が多いのも事実で、例えばAPL(急性前骨髄性白血病)の治療に、三酸化二ヒ素を使った研究も、中国発の研究として専門家の間では有名です。これも中医学をヒントに、現代医学による研究が続けられた成果です。

 参考文献:省略

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posted by 藤田 康介 at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝染病と闘う
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