2015年04月24日

ブログ 南京の中医学に触れてみて(5)〜現代中医針灸学の礎

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 南京中医薬大学の旧キャンパスを歩いてみると、その当時、今使われている教科書のもととなる中医学のテキストを編纂したところなど、歴史的に意義のある様々な建物が現存しています。
 私の愛読書の一つでもある『中薬大辞典』の初版も、実はこの南京中医薬大学の一室で編纂され、その部屋は今でも残っています。

 現代中医学の鍼灸学に関しては、南京中医薬大学の果たした役割は非常に大きいのはよく知られています。とくに、1954年に江蘇省中医進修学校から南京中医薬大学の初代学長となった承淡安先生を中心とした澄江学派の貢献は今でも教科書の編集に強い影響力を持っています。

 もともと、中医学の鍼灸は、民間での医療として人気がありました。ただ、それを学術的に大学教育にまで高めるのには、さまざまなハードルがあったのも事実です。そのため、承淡安先生は東京に赴き、日本の鍼灸教育なども参考にされています。特に、西洋医学の神経系統や解剖学と鍼灸を組み合わせた日本の教育方法には強く感銘をうけたようです。さらに、日本が誇る灸法も、中国に戻る日をその見学のためにわざわざ遅らせるほど魅力があったようです。ここから分かるように、日本の鍼灸が中国に与えた影響は戦前から少なくなくなかったようですね。

 さて、現代中医学の鍼灸学の教科書のなかで、最も評価が高い本の一つが第5版の鍼灸学といわれていますが、この本の主編は邱茂先生で澄江学派の流れをくんでいます。

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 現在の南京中医薬大学では、世界中に弟子をもつ澄江学派の継承に工作室を立ち上げています。

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 この工作室の責任者でもある張建斌副院長によると、全国に散らばっている資料をもう一度整理して、研究していくのだそうです。大学院生を中心としたスタッフも揃っています。部屋には承淡安先生の銅像があったのが印象的でした。故郷である江蘇省江陰にももう一体同じ銅像がおかれています。

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 南京中医薬大学の鍼灸系は、第2臨床医学院のビルのなかに入っています。ここには指導教官と一緒に、患者(主に学生)を治療する模擬鍼灸・推拿診察室があり、学生達が実際に臨床を経験できるようにしているのだそうです。診察室という形で運営するのは珍しいと思いました。中医薬大学の学生だけでなく、近所のキャンパスからも大学生が施術体験を受けにくるのだそうです。

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 ここの党書記である徐斌先生には、現在、中国で研究されている穴性についてのお話を伺いました。そのなかで、伝統文献から集められてきた、経穴の様々な効能について、現代科学の立場から再整理する試みが行われているということでした。その結果、西洋医学からも理解できやすい、新しい鍼灸理論の確立もあり得るのではないかと思いました。もちろん、まだまだ時間はかかりますが。ただ、穴性に関しては、伝統的な中医学以外にもさまざまなアプローチ方法があるのも事実です。ちなみに、南京中医薬大学の鍼灸学部ではダイエット治療、鬱病の治療、便秘の治療などの研究が重点的に行われているとのことです。立派な実験室もありました。

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 鍼灸学に関しては、新世紀国家教材である『鍼灸治療学』の主編である王啓才教授ともあって討論しました。そのなかで、鍼灸から発展してきた考え方の一つとして、経絡弁証の重要性を主張されていました。臓腑弁証に偏りがちな現代中医学のなかで、経絡弁証こそがその源流をいくというもの。非常に参考になります。

 鍼灸の教育について考えたとき、意外と多いのが、内科などもともとは生薬を使うのが専門で、その後、鍼灸の世界に入ってこられたという専門家の存在です。例えば、鍼灸治療学の第5版主編の楊長春先生もそうで、同様に澄江学派にも属しますが、元々は内科の医師だったとか。そういった流れから、鍼灸の理論を、中医学とうまく融合させたいという狙いは、現代中医学の中でも強くなってきたのだと思います。そうすることにより、初学者が鍼灸学を分かりやすく勉強でき、臨床の応用がしやすいというわけです。それまでの鍼灸学はあまりにも直感的で、理解するのが大変だったからというのと関係があると思います。

 このように、絶えず試行錯誤してきているのが、中国の鍼灸学なわけで、大学教育における今日の鍼灸の発展に大きく貢献してきたと思います。

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2015年04月23日

ブログ 南京の中医学に触れてみて(4)〜経方医学の黄煌教授

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 最近の中国の中医学で、とくに若い先生方を中心に人気を得てきているのが経方医学です。そのなかでも、精力的に出版物を出版され、日本留学経験をお持ちなのが南京中医薬大学の黄煌教授です。日本でもお馴染みの先生ですね。

 経方医学というと、その定義はいろいろありますが、基本的に「傷寒雑病論」の処方を中心に扱うのですが、方証相対(相応)などのやり方で方剤を組み立てていきます。ただ、黄煌先生のやり方には、厳密な理論に基づいた加減もあります。さらに、薬証の考え方により、陰陽五行や臓腑弁証にとらわれることなく、患者の症状から直接的に証の根拠を捉え、それにふさわしい薬(方)を導き出していきます。その背景には体質の考え方も強く出て来ます。

 ただ、実際には方証相対の考え方そのものに対する、現代中医学からの誤解もあります。つまり、方証の証は「症」にかたまったものではなく、むしろもう少し範囲の広いものであるという点。そして臨機応変に対応出来る柔軟性を実はもっているのだという点です。そのためには、方のそれぞれの生薬についての知識をもう一度確認することが必要です。

 なぜ経方処方の人気が高まってきたか。それは、現代中医学が抱える、あまりにも抽象化しすぎた理論に対するある種の挑戦でもあると思います。さらに、経方はそもそもは中医学の原点とも呼ばれる「傷寒論」「金匱要略」が起源ですし、これらの本を中医学に携わるものなら誰でも否定することはできないという力強いバックボーンがあります。

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 なによりも、臨床で経方を使うことで、治療効果を高めることができて、医案を書くときにも比較的理路整然とした論理体系があるというのも特徴だと思います。

 中医学そのものは、各家学説と呼ばれるように、さまざまな専門家の理論を集結させたものです。そうしたものを自由に応用できるかどうかの柔軟性が、今後求められていくと思います。

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2015年04月22日

南京の中医学に触れてみて(3)〜江蘇省中医院腎臓内科の孫偉教授

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 江蘇省中医院は、南京市の上海路にあるとても大きな病院で、単独の中医医院としては中国一の規模を持ちます。ここに、腎臓内科の首席主任である孫偉教授を訪れました。孫教授は、中医腎臓病の専門家で、江蘇省の腎臓病の大家である鄒燕勤教授の流れをくみます。私も、上海中医薬大学で腎臓病の研究をしていたときに、研究面でもいろいろお世話になりました。その後は、学会活動などを通じて交流が続いています。

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 江蘇省中医院の腎臓内科はとても大きく、病棟の中では最も多いベッド数を持っているとか。慢性腎不全となると、透析がどうしても必要となりますが、中国の場合、経済的負担も大きいため、少しでもその導入時期を後ろに伸ばす必要があります。確かに、日本並みに透析をするようになったら、中国の公的保険では負担しきれないのが現状です。

 慢性腎不全を中医学で治療する方法は、各地それぞれの特徴がありますが、共通していえることは腎機能そのものの正常化を目指すのではなくて、クレアチニン値をすこしでも下げて、quality of lifeを高めることに重点が置かれています。

 さて、その基本的思考法は「腎虚湿(熱)瘀」となります。つまり、腎虚を基礎とした湿熱と瘀血を中心に考えた病因病気は、現代医学における腎疾患とのとらえ方に近いところもあり、参考にできるところも多いです。その中でも、黄耆の使い方に注意されています。それは、先生が書かれる多くの処方箋の1つめの生薬が黄耆で始まっているところからも理解できます。

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 ところで、孫偉先生は今回訪問した中医学の専門家の中で、唯一の病院系統の専門家で、その多忙さはすさまじいい。朝7時には病院に出勤して仕事を片付けておられるとか。また、週末も各地に飛んで勉強会の講師なども務められます。大学時代は日本語を専攻されていて、さらに東海大学に留学経験をお持ちですが、残念ながら日本語を使う交流があまりないとか。やはり、こうした日本語の背景をもっておられる先生方とも、中医学の学術的に交流するチャンスを作っておかないといけないですね。折角、中国の大学の外国語教育に日本語があるのに、勿体ない限りです。

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2015年04月21日

ブログ 南京の中医学に触れてみて(2)〜温病学の楊進教授

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 中医学で、熱病や伝染病を扱う温病学。簡単に表現すると、傷寒論では外感風寒系の疾患の治療が多いのですが、さらに発展させて外感風温系の疾患治療を考察したいのが温病学です。つまり、傷寒論の理論的基礎の上に形成された理論といっても間違いないと思います。ただ、現代医学では中医学が直接的に伝染病を扱うチャンスが減ってきていますので、むしろ湿熱系の雑病で温病を使うことが増えています。

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(孟澍江教授の書)

 今回は、南京中医薬大学の温病学研究室で、第5版の教科書の主任をされた孟澍江教授の流れをくむ楊進教授にお話を伺いました。

 温病学といえば、ちょっと難しいというイメージを持っている方も多いのですが、じつは決してそうではなく、現代中医学では中医基礎理論にもその理論は導入されていて、かなり広範囲に運用されています。診断学でも衛気営血弁証や三焦弁証特は勉強します。特に、舌診での影響力は大きく、舌苔厚膩のような状態であれば、多かれ少なかれ温病の処方を使うことになります。

 また、SARSで大変だった2003年、鳥インフルエンザや新型インフルエンザの問題でも温病の考え方は活用されましたし、最近ではエイズの治療でも検討されています。ある意味これからもとても興味深い分野かもしれません。

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 よく傷寒論と対立的に扱われる温病学ですが、本来は決してそうではなく、傷寒論と補完されるべき理論であると考えた方がいいと思います。むしろ、中医学の初学者にとっては、温病論を勉強することはその後の治療方法の選択肢を増やすという意味でとても重要であると思います。

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2015年04月20日

南京の中医学に触れてみて(1)〜国医大師周仲瑛教授

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  中医学と一口にいっても、そう簡単にまとめてしまうことはできません。特に、気候風土にあわせて地域性がとても強く、また教育方法も様々です。ただ、中国の場合は唯一、国のさだめた教科書があるわけで、これが現代中医学の普及に大きな影響力をもたらしました。そして、その第1版の教科書が編纂されたのが、まさにこの南京であったわけです。

 今回の南京訪問では、多くの専門家に直接交流することができました。「百聞は一見に如かず」とはまさにそのことで、4月19日〜4月23日までそうした専門家にあいに、南京を訪れました。

 南京中医薬大学は市内中心部の漢中門と、郊外の仙林キャンパスと大きくわけで2つの校区があります、この間は地下鉄で40分ぐらいの距離で結ばれますが、郊外のキャンパスはとにかく大きい印象です。一方で、漢中門では、投資会社の協賛で、南京中医薬大学の名医達が診察する外来が整備されていました。

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 今回、中国の中医学のなかでも、最高位にランクされる「国医大師」で、南京中医薬大学の代表的な医師の一人である周仲瑛先生にもお会いできました。90歳近いご高齢にかかわらず、2時間以上も時間を割いてくださいました。そのパワーにも驚かされましたが、なによりも中医学を継承しようという力の入れようにも驚きました。

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 南京中医薬大学内には周仲瑛先生専用のオフィスがあり、そこに弟子達が集まってきて学術の継承を行う作業が行われていました。とくに、臨床を継承しようとする取り組みはユニークで、そのための専用の診察室や視聴覚室もあります。先生の診察状況をリアルタイムで隣部屋で観察し、一挙一動をカメラを通じて知ることができます。ここまでの施設をもっているのは中国全国的にもかなり珍しいですね。

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 流行性出血熱の中医学的治療で一躍有名になった周仲瑛先生ですが、現在はこれまでの研究に基づいて「病機弁証」というのを提唱されています。簡単にいうと、現代中医学では弁証論治が重要視されていて、それはそれで知識の整理には役立っているのですが、ただ中医学での病態をみるときに、時間軸にあわせた変化を捉えることが苦手でした。それを理論的にまとめたのが「病機弁証」で、当時大きな反響がありました。

 しかし、この世代の中医師というのは、医師としての仕事だけでなく、文化人としても大きな貢献をされています。先生もまだまだお元気なご様子で、周学平先生を中心とする継承グループの今後の発展に期待したいところです。

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2015年04月14日

中医塾第5回 中医婦人科と癌のお話

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 中医学を使った癌治療というのは、中国ではごく一般的な発想ですが、でも意外と日本人には馴染みが薄いかも知れません。

 今回は婦人科分野での癌治療と中医治療についてお話しました。乳癌・子宮癌・子宮頸癌・卵巣癌を中心に、肺癌についてもすこし触れてみました。実際、若年層で喫煙していなくても、女性にかかりやすい肺癌もあったりして、知識としてぜひ知っていただきたいからです。

 次回は立夏もすぎたころにお話しますので、夏にスポットを当てたいと思います。

中医塾の申し込みなどはこちらをご参照ください。1回単位での受講になっています。次回は2015年6月2日の予定です。

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2015年04月05日

テレビ・上海外国語チャンネル(ICS)の番組『中日新視界』

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 先日から取材を続けていただいき、わたくし藤田康介と私がお世話になっている人たちのお話をまとめた番組が、上海のテレビで放映されます。取材班には、浙江省の山奥にまで取材に付き合ってくださり、久しぶりの
ロケ付きの収録になりました。

上海外国語チャンネル(ICS)『中日新視界』
4月5日(日)18:30〜19:00
4月11日(土)16:15〜16:45(再放送)

(注意)番組はこちらにアップされていますが、日本からGoogle Chromeで視聴する場合は「unblock youku」が必要です。

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