2014年03月29日

米国で新医薬品を目指す中医学

 中国の中医学と日本の漢方薬との決定的な違いは、中国では常に新しい処方を開発し、中国国内での豊富な経験を活かして、さらにそれらを新薬として「中成薬」という形で臨床で応用していることだと思います。日本では、古来からの処方をエキス剤として使っていますが、古典処方で効果のある症例を見つけ出し、そのメカニズムを探っているのと少し方向性が違います。

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 そして、中国が狙っているのはやはりアメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)で、新医薬品(Investigational New Drug)としての認可をとることであり、そのために日々研究が進められています。近年は、中国の製薬会社が海外勢と手を組んでさらに研究を深めるというケースが多いです。

 中国では中医学に対して国が大きなバックアップをしているため、動き出したらとにかく早い。そこでいろいろ調べてみると、2014年3月現在、中国で開発された中医学の中成薬9種類がアメリカで新医薬品として申請されています。一般的に、臨床試験(治験)を経て新薬が認可されていくのですが、まずは動物実験による非臨床試験をクリアし、人間に対しても第1相臨床試験、第2相臨床試験、第3相臨床試験と経ます。その後、市場に出た後の市販後調査として第4相試験もありますが、実質的に第3相臨床試験までをクリアしなければ新薬承認されません。

 まず第3相臨床試験まで進んでいる中成薬は2品目。冠状動脈アテローム性硬化症や狭心症に治療で使う杏霊顆粒(上海杏霊科技薬業)と、狭心症につかう複方丹参滴丸(天士力製薬)です。杏霊顆粒は活血作用のある銀杏から抽出した有効成分で作られています。また、複方丹参滴丸は丹参・三七・氷片が主成分で、主な効能は活血化瘀・理気止痛となっています。

 さらに第2相臨床試験に進んでいる中成薬は多く現在7種類あります。我が母校、上海中医薬大学の劉平教授らのグループが研究を続けてきた扶正化瘀片(上海中医薬大学・上海現代中医薬技術発展有限公司)、桂枝茯苓膠嚢(江蘇康縁薬業)、血脂康膠嚢(北京北大維信生物科技有限公司)、威麦寧膠嚢(華頤薬業有限公司)、康莱特注射液(浙江康莱特薬業)、HMLP-004(和記黄埔有限公司)、康莱特軟膠嚢(米国康莱特薬業)がそうです。

 私が大学院にいるころから扶正化瘀片は色々と話題を集め、院生を対象とした研究発表会もよく聞きに行きました。中国に多いB型肝炎による肝硬変の治療薬として注目されていました。主な成分は丹参・発酵冬虫夏草菌粉・桃仁・松花粉・絞股蘭・五味子で、効能は活血化瘀・益精養肝となっています。

 桂枝茯苓膠嚢は、原発性(機能性)月経困難症に使われます。原典は有名な『金匱要略』の桂枝茯苓丸で桂枝・茯苓・牡丹皮・桃仁・芍薬が主成分です。血脂康膠嚢は天然のリピトールとも呼ばれている紅曲がですが、米を原料として発酵させたものです。日本ではベジコウジと呼ばれていて、一部健康食品などでも使われているようです。中国国内では血脂を下げる中医学の薬としての認可を受けています。

 威麦寧膠嚢は肺癌の治療薬として開発されたもので、原材料は金蕎麦の根茎から有効成分を抽出したものです。生薬金蕎麦そのものは呼吸器系の治療でもよく使う生薬です。また、康莱特は、以前私も季刊『中医臨床』で紹介したことがありますが、薏苡仁から有効成分を抽出したもので、注射剤とカプセル剤が実際に中国の臨床で使われています。ここでは非小細胞肺癌や前立腺癌に適応されるとしています。HMLP-004はまだ中国では認可されていないのか中国名が分かりません。とりあえずクローン病や潰瘍性大腸炎に適応されると紹介されています。

 ただ、こうしてみてみると米国で申請されている新医薬品は、単味生薬からのもののほうが可能性が高そうですが、中医薬の処方はもっと複雑なので、さらなる研究方法の開発が急がれます。逆に、複合処方でしっかりとした方法論を確率できたら日本漢方も十分に勝てると思います。

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2014年03月25日

春は肝の養生・食編

 すっかり暖かくなってきて、上海でも公園の花々がとても美しくなってきています。各地で菜の花がキレイに咲いていますし、サクラも開花しはじめています。春のこの時期の中医学的養生では、やはり五臓六腑の肝・胆を注意しなくてはいけません。春に注意すべきことを食・睡眠・情緒に分けてここにメモしておきます。今回は食編です。

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 春は五行説では「木」に属します。草花が成長し、動物たちも動き指す季節は、まさに中医学の肝の性質を非常に似ていて、肝の養生をとても大切にします。また、冬を越えてきて、やっと緑の野菜の種類が増えてくる季節でもあります。幸い、上海には日本と同じような四季がありますので、参考にできることも多いです。

 まず、五行説の関係から、肝に問題があればその症状を脾に伝えてしまうことになります。我々の飲食とも密接に関係があり、「後天之本」とも呼ばれる脾を守るには、唐代の医学者で『千金方』の著者でもある孫思邈(そんしばく)が「省酸増甘・以養脾気」と言うように、酸味のある食べ物を減らし、甘みのある野菜類がいいとされています。例えば、ほうれん草やニンジン、里芋、南瓜、ソラマメ、ササゲなどがそうです。

 また、春先は陽気の調節が難しい季節でもあります。例えば、口が苦く感じたり、渇いたりしたときは、肝熱が過剰の可能性もあります。そういうときは、キュウリや緑豆など肝熱を下げて解毒作用がある食材を使えばいいです。体内の熱をとる働きの野菜は、セロリやアスパラガス、ナズナ、キノコ類などがそうです。野山に生えている蒲公英・車前草・タケノコ・スベリユリ(馬歯莧:生薬では解毒作用もあり、春の湿疹や蕁麻疹、アトピー性皮膚炎の治療などではよく使います)も食材として使われます。

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 我が家でもベランダに桑の木の鉢植えがありますが、冬を越して桑の葉っぱが出て来ました。桑は便利な植物で、この葉っぱは熱タイプの感冒や肺を潤したりしますが、肝に関しても肝陽上亢系の目眩にも使えます。なかなか重宝する、春にふさわしい生薬の一つです。

 逆に陽気が過剰気味になってきたら、ニラ・大蒜・タマネギ・葱類をつかいます。これらは冬の間に蓄積された寒気を除去してくれますし、栄養価が高いものも多いです。

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 ストレス社会の上海では、近年ピリ辛系の料理が大繁盛していますが、この時期はなるべく避けるように。とくに肝の陽気を動かしてしまいますので、控えるようにすることが必要です。中国人・日本人に関係なく、患者さんをみていると、冬の延長でまだまだ食べ続けている人がいました。

posted by 藤田 康介 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 中医学の薬膳・医食同源の世界

2014年03月22日

上海市金山区で手足口病、幼児2名死亡について

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(上海中医薬大学にて。杏の花です。)

 上海市南部の金山区で3月18日、20日に同一の「看護点」に通っていた子供2人が手足口病に感染し死亡しました。

 まずこの「看護点」という施設ですが、機能的には幼稚園と同じですが、幼稚園の条件を満たしていない施設のことを指します。一般に、都市部郊外や農村で見られます。今回の金山区の施設も同様で、これまでも金山区の教育局からも衛生許可証が揃っていないとか、朝の体温測定を怠っていたとか、玩具の消毒をしていなかったとかで指導を受けていたようです。さらに、2012年には消防設備などに問題も見つかり停止処分を受けていたことも発覚しています。ただ、実際には学費の問題など様々な理由で幼稚園に行けない子供たちが通う施設として、看護点は出稼ぎ労働者の子供たちを中心に一定のニーズがあることは事実です。

 さて、今回の死亡例の症例報告では、2歳8ヶ月の男児が3月17日に発熱・下痢・身体のだるさなどを訴え、3月18日午後3時には病院で死亡しています。また、もう一人の子供も同様の症状で20日夜8時頃に死亡。衛生当局では同一の施設からの死亡症例ということで上海市疾病予防コントロールセンターが調査に入り、重症の手足口病であることを確認しました。

 その後の調査で、さらに8名の子供が発熱・咳を訴えて入院したものの既に5人は退院し、残りの3人も特に重篤化していないとのことです。この施設には158人の子供たちと9人の先生がいました。

 手足口病は腸のウイルスで感染する疾患で、一般に0〜3歳児ではよく見られますが、上海ではちょうど4〜7月頃が患者数も増える季節です。糞口感染、接触感染、飛沫感染するウイルスなので、やはり衛生環境や免疫力との関係は大きいです。大部分の症状は軽く、1週間ぐらいで軽快しますが、発熱のほかに、手足や口に皮疹が出て、口の中に疱疹ができて潰れるととても痛いのでモノを食べられないこともあります。さらに、心筋炎や脳膜炎、肺水腫などの合併症をおこすと重篤になる場合が稀にあります。

 予防方法は、手洗いやうがいのほか、おもちゃなどの衛生管理、野菜・果物・水分などの摂取、睡眠の確保なども挙げられます。免疫力が下がらないように注意するほか、人混みに出かけないようにすることも大切です。

 手足口病は、過去に中国で大流行したことがあります。このブログでも過去に紹介しておりますので、ブログ内検察していただけたらと思います。


posted by 藤田 康介 at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 伝染病と闘う

2014年03月11日

高齢化の上海、乳癌の発病も高齢化傾向

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  上海市の乳癌の傾向について、上海市疾病予防コントロールセンターがデータを発表していました。それはどうも発病年齢が高齢化の傾向にあるということです。上海でも乳癌の発病率は高く、女性の癌の中ではトップで、癌による死亡原因では第4位になっています。ちなみに、女性の癌では第2位が甲状腺癌となっています。

 詳しくみてみると、乳癌の発病は40年前は平均で54歳だったのが、2013年度のデータでは57歳になっています。また、年齢分布で見ると、20〜29歳では発病率は40年前と大きく変わっておらず、また30〜39歳では1995年以降上昇から3%程度の低下に転じている一方、40歳以上では明らかに上昇傾向にあるようです。たしかに、上海市の女性の平均余命は80歳を越えていますからね。

 とくに、近年上昇率が目立っているのは50〜59歳のグループで、40〜49歳と比較して23%高まり、さらに30〜39歳の4倍、20〜29歳の38倍も発病率が高まるとのことです。

 ただ、欧米人と比較するとまだ上海の乳癌発病率は半分程度と低く、世界全体と比較しても17%低いとのこと。

 一般に乳癌に関して、年齢や遺伝的要素意外にも、初潮の年齢が早かったり、閉経が遅かったり、出産が遅かったり、妊娠経験がなかったりした場合、さらに授乳期間が短すぎたり、タバコや肥満なども原因とされています。ただ、家族のなかでの遺伝がなくても乳癌になるリスクはゼロではありません。実際に7〜8割の乳癌患者には明らかな家族での乳癌の遺伝がみられなかったとされています。

 少しでも早期に発見できるように注意する必要はあります。

posted by 藤田 康介 at 12:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 中国の健康事情

2014年03月07日

発酵させる生薬「神曲」

  前回は、納豆の仲間ということで「豆チ」を紹介しましたが、今回は同じ発酵させた生薬としてよく使われる神曲を取りあげてみました。またの名を神麴(しんぎく)、六神曲ともいいます。私は習慣的に六神曲と呼ぶことが多いです。

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 神曲は食べ過ぎによる下痢や食欲不振、腹部膨満感、消化不良などのときにはよく使います。

中国語で曲といえば、麹なども含む酒などを使うときの菌のことを指します。その作用をつかって生薬を作ってしまったのが神曲です。


 作り方は結構複雑で、小麦粉と米の麩に新鮮な青蒿・辣蓼・蒼耳子(いわゆるくっつき虫となるオナモミ)の汁に、杏仁・小豆・をまぜと板状にし、稲わらや麻袋をかけて表面から菌糸が出てくるまで発酵させたのち、乾燥させて使います。

 神曲の成分には酵母菌とビタミンB群が豊富に含まれていて、特にビタミンB群は胃の働きを整え、食慾を増進させるのである意味理にかなっているといえます。『本草経疏』には、脾陰が不足しているときや、胃の火が強いときは控えるようにという記載もありました。現代の『薬典』にも胃酸過多の状態では使わないようにという記載もありましたので、胃熱などが強いときは要注意です。昔の人の経験で分かっているのですね。

 現在では、より純粋な神曲を作るために、菌は酵母だけにし、発酵するスピードをあげるために麦麩を小麦の代わりに使っているようです。(『中華本草』)


 この写真の神曲は黒っぽいですが、これは修治したあとなのでそうなっています。

 薬理学的には、生の神曲をお湯に溶かして服用した方が酵素や微生物の働きが増すとされているのですが、なぜか実際の臨床ではむしろ炒めたり、煎じたりしてほうが効能が良いことが多いというので不思議です。私も処方するときは焦六曲として使います。

 食積(食べ過ぎ)によく使われる処方、保和丸には神曲のほかにも山楂子・半夏・茯苓・陳皮・連翹・莱服子として含まれています。子供から大人まで使える処方として重宝です。

 生薬の世界は昔の人の智恵の宝庫。楽しいですね。


posted by 藤田 康介 at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 生薬・漢方薬・方剤・中成薬

2014年03月05日

納豆と生薬「淡豆チ(豆豉)」

 先日、うちの家政婦さんが四川省の田舎で作った自家製の豆チ(豆豉)を持ってきてくれました。中華料理では欠かせない調味料ですし、うまみを引き出してくる秘密でもあります。蓋をあけてみると、香りはまさしく納豆と同じ。

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 作り方を聞いてみると、納豆のように菌を添加するのではなく、大豆を蒸籠で蒸して、容器にいれておくとそのエリアの気候では自然に発酵してきて糸を引くようになってくるのだそうです。ただ、日本の納豆と違って、最後は粘り気をとるために乾してしまいます。 さらに、塩や唐辛子をつけて味付けされるので、結構しっかりとした味がついていました。結果的には納豆とは違う代物になってしまうのですが、源流は非常に似ているように感じました。

 中医学では、この豆チの仲間の淡豆チを生薬として使います。調味料で使う豆チとは若干作り方が異なっていて、桑葉や青蒿の煎じ液に黒豆を入れて発酵させる方法をとります。(『中華本草』より)

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 生薬としての淡豆チは歴史的にかなり古く、後漢頃に書かれた『傷寒雑病』の中で香豉としてすでに登場しています。有名な処方では、『傷寒論』の太陽病脈証屏併治にある梔子豉湯・梔子甘草豉湯・梔子生姜豉湯など、また『金匱要略』の黄疸病脈証併治にある湿熱が心中にたまったときに使う梔子大黄湯のなどがあります。いずれも胸のなかに悶々と感じる熱をとる働きです。

 さらに時代下って清代・呉鞠通の『温病条辨』に登場する銀翹散では解表作用のある生薬として使われます。例えば淡豆チと葱の白いところを使う葱白を組み合わせると風寒による発熱・悪寒・頭痛に、薄荷・金銀花・連翹と組み合わせると風熱による症状に使えます。
 淡豆チによって表邪を除くための方向性を示すことになります。このように淡豆チは他の生薬と組み合わせることで外邪を発散させ、外感表証の風熱、風寒にも使うことができ、なかなか便利な生薬です。

 ちなみに、こうした自然に発酵させるのは、泡菜と呼ばれる中国式の漬け物も同じ。塩と砂糖、白酒少々と煮沸した水を壺に入れると出来てしまいます。我が家でも作っていますが、これがとっても美味しい。大根や白菜を入れて漬けています。



 
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2014年03月03日

Premium 2014年3月号の インタビュー

 中国で発行されている日本語の月刊情報誌「Premium」の取材を先日うちの甘霖オフィスで受け、その内容が3月号のPremium Interviewに掲載されました。上海市内ではスーパーのしんせん館などに置いてあるそうです。もし見つけたらぜひ読んでみてください。

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 上海での暮らしもすでに19年目に入りました。この間、ずっと中医学に携わってきて、いまでも第一線で臨床を続けながら、研究にも励んでいます。中医学を通じて、色々な方との出会いもありましたし、自分自身の健康生活を見直すきっかけにもなりました。興味はまだまだ尽きません。

 もちろん、上海での生活は大気汚染など環境の問題なども含め、決して楽観視できる状態ではありません。日中関係の問題もまた然りです。とはいえ、逃げてしまったら解決というわけでもないです。

 でも、私が上海にやってきた90年代半ば頃は全然注目されていませんでしたから、それと比較すると中国が大きくなってきた一つの結果なのでしょう。

 こうして中国に長くいて、しかも中国人とのさまざまなパイプがある私達にとっては、ここで日本人として果たすべき役割はまだまだあります。特に、関係がぎくしゃくしているときほど、今後さらにその価値が高まるはずです。特に、ビザがなくても滞在し続けることができる日本人もそう多くいるわけでもありませんし。

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 とにかく地道に粘り強くコツコツとやっていく「細水長流」。これからもできることから継続していきたいと思っています。

posted by 藤田 康介 at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近の活動