
黒地黄丸は、劉元素の『素問・病機気宜保命集』に出てくる処方で、熟地黄・蒼朮・乾姜・五味子で構成されています。この生薬構成から、陰を補うことと湿を乾燥させることという、ちょっと相反する効能を持っている処方といわれています。
金代の医学者、劉元素(1120〜1200)が生きていたころの時代背景というのも興味深いものです。この当時、世間一般に体を温めたりする辛熱や香燥作用のある生薬がよく使われていて、その弊害が指摘されていました。たとえば、この当時熱性の病気が流行したのに、麻黄や桂枝といた生薬で発汗させたりする辛熱法が多用され、そのため様々な弊害がみられました。そこで、劉元素は火熱病に関して寒涼系の生薬の応用でさまざまな見解を示しました。実は、日本の漢方でダイエットで一躍有名になった防風通聖散は、劉元素の書いた『宣明論』の中に出て来ます。
あらためて、この黒地黄丸をみてみると熟地黄は、腎の真陰の不足を補い、五味子は滋腎益陰で、両者が腎の乾燥を整える一方で、蒼朮で健脾燥湿して熟地黄による陰の滞りを防ぎ、乾姜によって中焦の寒さをとばして、蒼朮とともに健脾の働きを高めます。同時に、陰のなかに、腎陽を補う生薬を足すことで、さらに陰を補う力を高めることができ、全体としては、養陰と燥湿を兼ね備えた名方となっています。原文では「治陽盛陰虚、脾腎不足、房室虚損、形痩無力、面多青黄而無常色、宜此薬養血益腎。」と紹介されています。
この処方は、劉元素によると痔瘡にも効果があるとされ、とくに血虚型には効果が高いとしています。ここで劉元素の考える痔瘡の病因病機は、風邪によって熱が発生し、風邪+湿+熱が腸に侵入することで、排便に支障が出て、血熱が流出し、久病は腎に影響を与え腎陰が不足します。これがさらに進むと湿熱が鬱積して精血を消耗し、腎陰に影響を与え、さらに湿熱が脾臓に長く留まれば、脾臓の働きが弱まり、脾虚となって湿邪がますます盛んになるとも考えられます。そのため、結果的に脾の湿と腎の燥が問題となります。
いずれにしろ、過去の処方を探っていくと、昔の医学者達の研究成果のエッセンスが沢山詰まっています。こうした流れを見ていくのも中医学の醍醐味の一つだと思います。
